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札幌地方裁判所 昭和48年(行ウ)8号 判決 1976年7月29日

原告 佐々木弘 ほか六六名

被告 北海道知事

訴訟代理人 篠原一幸 成田信子 有倉照雄 ほか八名

主文

一  本件埋立免許処分の取消しを求める原告らの請求を棄却する。

二  本件埋立竣功認可処分の取消しを求める原告らの訴えを却下する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

(第二 当事者の主張中有珠原告らについての本案前の抗弁を除き<省略>)

第二当事者の主張

〔本案前の抗弁〕

(有珠原告らについて)

一  有珠原告らは、参加人に対する本件処分の取消しを求めて出訴しているが、第三者が他人に対してなされた行政処分を争つて出訴する場合に、その第三者の法益が当該行政処分を行う根拠法規によつて直接保護されていなければ原告適格は認められず、その者が当該行政処分がなされる以前に享受していた利益は、当該法規が行政権の行使に一定の法的制約を課している結果たまたま保護されている反射的利益にすぎない。

1 公有水面の埋立てに関し、公有水面埋立法は、四条において「埋立ニ関スル工事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面ニ関シ権利ヲ有スル者」がある場合は、原則としてその者の同意がないときは埋立免許をなし得ない旨規定し、五条において公有水面に関し権利を有する者として一定の者を列挙し、六条において埋立ての免許を受けた者は右権利者に補償し、又は損害防止の施設をなすべき旨規定し、更に、その施行令五条において埋立免許の競願があつた場合の処置につき規定し、同令七条において埋立免許に際して公益上又は利害関係人の保護に関し条件を附し得る旨規定している。

右法条の趣旨及び公有水面の埋立ての免許が講学上の特許(設権行為)であることにかんがみれば、埋立法が埋立免許処分についての私人の利益保護を考慮しイしいるのは、同法五条列挙の者及び競願者のみと解し、訴訟上埋立免許の適否につき出訴資格のある者は、これらの者に限られるものと解すべきである。

有珠原告らは、そのいずれにも該当する者でないから、本件訴えについての原告適格がない。

2 有珠原告らの漁業を営む権利の母体である漁業権は、漁業法の規定上からも明らかなとおり、公共の用に供する水面につき総合的高度利用を図り、漁業生産力の発展と漁業の民主化を実現することを目的とし、漁場計画を基本として、行政処分をもつて創設される権利である。したがつて、漁業法二三条において、旧漁業法と同様に、漁業権を物権とみなしているとはいえ、公共の水面を利用することからする特質により、他の物権に比べて公的制約が極めて強く、その私権的性格は著しく制限され、いわゆる公権的性格(公義務的性格を含む。)を併有している。漁業権については、単純に土地所有権などと同一視することはできず、右のごとき基本的性格を前提としてその余の問題が考えられなければならない。そして、漁業権とは、特定の水域において水産動植物の採捕又は養殖の事業を行うために当該水域を利用し得る権利と観念されるとはいえ、その性質にかんがみ、漁業権者が右事業を行う水域を絶対的排他的に支配利用する権利、換言すれば、従来どおりあるがままの自然状態としての地形、海流、水質、水温などにおいて支配利用することまで認める権利とは到底解することができない。右のような自然の状態の地形、海流、水質、水温などにおいて海面を支配し得る利益は、漁業権によつて保護された利益とはいえず、いわゆる反射的利益と解さざるを得ない。

二  また、行政処分の取消しを求めて出訴するには、当該行政処分自体によつて自己の権利ないし法的地位に不利益を被る場合でなければならない。有珠原告らが主張する被害なるものは、いずれも本件処分自体によるものではない。

まず、有珠原告らの主張する工事中の海水汚濁による被害なるものは、現在の科学技術の水準をもつてするならば予防不可能ではないから、本件処分自体によつて必然的に発生する被害ではなく、埋立工事などの工法が不完全な場合において生ずるかもしれない被害であるにすぎない。しかも、本件工事は、昭和五〇一二月五日に竣功したので、もはや埋立工事によつて有珠原告らの権利ないし利益が害される余地はない。次に、工事完成後の被害なるものも同様であり、まして、温排水による被害のごときは、仮にそれがあるとしても伊達火力発電所の操業開始によつて生ずる被害であつて、本件処分と全く関係がな

仮に埋立てなどの工事又は伊達火発の操業によつて有珠漁協の漁場の区域が受忍の限度を超える被害を被るとしても、それは、もはや本件処分自体による有珠原告らの権益に対する侵害ではなく、他の原因による被害の発生である。したがつて、有珠原告らは、民事訴訟によつてその救済を求めるべきであり、右被害の原因となり得ない本件処分について、その取消しを求めることは許されない。

理由

第一本件処分に至る経緯

被告の主張第一項1及び2(ただし、取水口外かく施設が伊達火力発電所の建設及び操業に不可欠であること、被告が本件埋立ての漁業に及ぼす影響その他につき慎重かつ十分な調査、検討を行つたとの部分を除く。)の事実は、原告らにおいて明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

当事者間に争いのない事実の一部、<証拠省略>によれば、(一)参加人は、昭和五〇年三月一二日、被告に対し、埋立面積を当初の三三、七九五九〇平方メートルから二二、〇九二・四二平方メートルに縮小することを内容とする本件埋立免許の変更許可を出願したこと(別図四参照)、口右出願を受けた被告は、その内容及び適否を検討した結果、参加人の本件埋立免許の変更許可の出願は相当であると判断し、同年五月一四日、参加人に対し、その出願のとおり本件埋立免許の変更を許可したこと、目被告は、北海道土木部港湾課主任技師人見明夫を検定員、同課管理係長三関桂三及び同課主事後藤忍を検定補助員に任命して同人らを本件埋立地へ派遣し、同年一二月一五日、竣功検定を行い、同月一八日、参加人に対し、本件工事の竣功認可を行つたことが認められる。

第二本案前の抗弁について

一  本件埋立免許処分の取消しを求める訴えの利益の有無

1  行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定している。同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、国民の権利、利益の保護を全うする見地から行政処分によつて権利又は法律上の保護に値する利益を侵害される者をいうものと解すべく、そのような侵害を生ずる場合であれば、その者が当該処分の相手方であると第三者であるとを問わず、これに取消訴訟の原告適格を認めるのが相当である。

2  当事者間に争いのない事実の一部、<証拠省略>によれば、(一)本件埋立免許には、埋立地を免許を受けた目的以外の目的に使用しようとするときは、あらかじめ被告の許可を受けなければならない旨及び埋立てに関する工事は、免許の日から三〇日以内に着手し、昭和五〇年一二月三一日までに竣功するものとする旨の附款が附されていること、(二)本件埋立免許に基づき参加入が行う本件工事は、参加人が建設を予定している伊達火力発電所新設工事に伴う取水口外かく施設を築造するためになされるもの(別図四参照)であつて、埋め立てられる面積は、三三、七九五・九〇平方メートル(被告の昭和五〇年五月一四日付変更許可により二二、〇九二・四二平方メートルに縮小)であるが、施設全体(延長四一〇メートル〔当初の計画による。〕の東護岸、取付護岸、延長一〇九メートルの東防波堤、取水口、取水路、物揚場、荷置場及び延長一六五メートルの西防波堤など)としては、エントモ岬東側海岸沿いめ海域一帯に及び、その範囲は、約一二〇、〇〇〇平方メートルであること、目伊達原告らは、伊達市内(有珠地区を除く。)に居住する漁民を構成員とする伊達漁協の正組合員であり、同漁協がエントモ岬東側の本件工事海域を含む海岸沿いの海域(海区四八号)に有する第一種区画漁業権及び右海域とその沖合側の海域とを合わせた海域(海共一三五号)に有する第一ないし第三種共伺漁業権(ただし、これらの漁業権は、昭和四八年八月三一日をもつて存続期間の満了により消滅し、同年九月一日、これらに相当する新たな漁業権として、本件工事海域など〔別図(三)の赤斜線の部分〕を除く海域につき、伊海区一号及び胆海共七号、八号の各漁業権の免許がなされた。)に基づき、同漁協の定める漁業権行使規則により、右各海域で現実に漁業を営んでいること(別図(一)参照)、なお、本件工事海域は、右海区四八号区画漁業権及び海共一三五号共同漁業権の対象たる海域であつたが、伊達漁協の漁業権変更決議に基づき、被告が昭和四八年六月二五日にした漁業権変更免許処分により、これから除外されたこと、(四)有珠原告らは、伊達市内有珠地区に居住する漁民を構成員とする有珠漁協の正組合員であり、同漁協がエントモ岬西側海岸沿いの海域(海区四七号)に有する第一種区画漁業権及び右海域とその沖合側の海域とを合わせた海域(海共一三四号)に有する第一ないし第・三種共同漁業権(ただし、これらの漁業権も、昭和四八年八月三一日をもつて存続期間の満了により消滅し、同年九月一日、これらに相当する新たな漁業権として、伊海区二号及び胆海共五号、六号の各漁業権の免許がなされた。)に基づき、同漁協の定める漁業権行使規則により、右各海域で現実に漁業を営んでいること(別図(二)参照)、(五)本件埋立免許当時、伊達漁協の海区四八号が存する海域と有珠漁協の海区四七号が存する海域及び伊達漁協の海共一三五号が存する海域と有珠漁協の海共一三四号が存する海域は、それぞれ相接しており、その境界線は、エントモ岬の先端からほぼ南西方向(噴火湾の中心方向)に向かう直線であること、したがつて、有珠漁協の海区四七号及び海共一三四号が存する海域のうち、右境界線附近の海域は、本件工事海域から至近距離にあること(本件埋立地の一画たる沿岸部に設置される取水ロからの最短距離は、約四〇〇メートルにすぎない。)(六)本件工事は、本件工事海域内において盛土、捨石、コンクリート・ブロツク、ドレーンマツト、しゆんせつを行うので、その実施方法の如何によつては、右海域内においてかなりの海水汚濁を生ずるおそれのあることが認められる。

3  漁業権は、特定の水域において排他的に一定の漁業を営むことができる権利であつて、知事の免許によつて発生し(漁業法一〇条)、物権とみなされ、土地に関する規定が準用されており(同法二三条一項)、漁業協同組合又はこれを会員とする漁業協同組合連合会に帰属するが、その構成員たる個々の組合員は、組合又は組合連合会の定める漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない(同法八条一項)。したがつて、漁業権自体は、個々の組合員に帰属するものではないが、組合員が有する漁業を営む権利は、漁業権から派生する権利であるから、それ自体法律上の保護に値する内容を有するものというべきである。本件工事の規模、態様及び本件工事海域と原告らが現実に漁業を営んでいる各海域との位置関係からみれば、本件工事によつて本件工事海域に海水の汚濁を生じた場合、現在の科学技術の水準をもつてしても、その汚濁が右海域の範囲内だけにとどまらず、更に拡散して周辺の海域の海水までも汚濁するおそれがあり、その汚濁が及ぶ海域の範囲も、伊達漁協の海区四八号、海共一三五号が存する海域内だけにとどまらず、本件工事海域と至近距離にある有珠漁協の海区四七号、海共一三四号が存する海域までにも及ぶおそれが全くないとはいえず、これら海域の海水に汚濁が及んだときは、その汚濁の性質、範囲及び程度の如何によつては、前記各海域において原告らの営む漁業に対して各種影響を与え、漁獲が減少するなどの被害を生ずるおそれがある。また、本件工事完成後においても、取水口外かく施設の存在などによつて漁業環境が悪化することも考えられないわけではない。

4  以上に認定、判断したところによれば、前記各海域において現実に漁業を営んでいる原告らは、本件埋立免許処分によつて権利又は法律上の保護に値する利益を侵害される者に当たると解される。したがつて、伊達漁協の漁業権変更決議の無効を主張して本件埋立免許処分の取消しを求める伊達原告らはもちろん、有珠原告らも、本件埋立免許処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有するというべきである。

二  本件埋立竣功認可処分の取消しを求める訴えの利益の有無

公有水面の埋立免許(公有水面埋立法二条)は、特定の公有水面を埋め立てて土地を造成させ、その埋立工事の竣功認可を停止条件として埋立地の所有権を埋立権者に取得させる講学上の特許たる性質を有する行政処分であり、埋立竣功認可は、埋立工事及びその完成の状態が埋立免許並びにこれに附した条件に定める埋立て及びその工事に適合することを認定判断する一種の確認行為である。埋立権者は、埋立工事の竣功の認可を受けることにより、原則として竣功認可の日に当然に埋立地の所有権を取得する(同法二四条)。

本件埋立竣功認可処分は、それ自体として原告らの権利又は法律上の保護に値する利益を侵害するものではなく、仮に本訴において右竣功認可のみが取り消されても、埋立権者たる参加人に対する所有権附与の法的効果が生じないだけであつて、参加人は、竣功認可前においても、埋立工事を行うために必要な限度にとどまらず、本件埋立地を完全に支配し、埋立ての目的に反しない限り、これを自由に使用収益し得る(同法二三条)のである。したがつて、原告らは、たとえ本件埋立免許によつてその権利ないし利益を侵害されるとしても、竣功認可の取消しを得ただけでは、その侵害を回復ないし防止することはできない。本訴において原告らが主張するような権利ないし利益の侵害を排除するためには、原告らにとつて本件埋立免許処分自体を取り消す判決を得ることが必要にして不可欠であり、かつ、次に述べるとおり、これをもつて足りるのである。すなわち、原告らは、本件埋立免許処分の取消しを求めているところ、仮に本訴において右免許が取り消されるならば、その取消判決は、埋立権者たる参加人に対しても効力を及ぼす(行政事件訴訟法三二条一項)のみならず、右免許は失効する。そのため、参加人は、原則として本件公有水面を原状に回復しなければならないこととなる(埋立法三五条)。しかも、埋立竣功認可処分は、埋立免許処分に伴い形成される一連の手続の一環をなすものであり、埋立免許が違法であるとすれば、その違法は後続処分たる竣功認可処分に承継されるから、埋立免許処分が判決によつて取り消されると、その取消判決は、竣功認可処分をした被告を拘束し(行訴法三三条一項)、被告は、右取消判決の判断内容と矛盾抵触する違法な竣功認可処分を取り消すなどの適当な措置を採らなければならないこととなる。以上のように、原告らは、本件埋立免許処分を取り消すことのみによつて、本訴提起の目的を十分に達することができ、これに合わせて竣功認可処分の取消しを求めることは不要であるし、後者の取消しを得ただけでは、その目的を達することはできないのである。

したがつて、原告らは、本件埋立竣功認可処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有しないというべきである。

第三本案について

本件埋立免許処分が違法であるとの原告らの主張につき順次判断する。

一  伊達漁協の漁業権変更決議及び本件埋立てに対する同意

1  伊達漁業が、昭和四七年五月三一日の第二三回通常総会において、水産業協同組合法四八条、五〇条の規定に基づき、同漁協の有する区画漁業権及び共同漁業権の漁場の区域を、従前の区域から取水口外かく施設に必要な区域及び放水口施設に必要な区域を除く区域とする漁業権の変更につき審議を行い、議決権を有する全組合員一四六名(本人出席一二五名、委任状出席二一名)の無記名投票の結果、賛成一〇三票、反対四三票をもつて漁業権の変更を議決したこと、次いで、伊達漁協は、右総会の決議に基づき、同年八月一四日、参加人に対し、エントモ岬東側における取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用地の造成を目的とする本件公有水面の埋立てにつき同意したことは、前記第一、本件処分に至る経緯(被告の主張第一項1の事実の一部)において記載したところである。

ところで、公有水面埋立法四条は、埋立てに関する工事の施行区域内における公有水面に関して権利を有する者があるときは、その者の埋立てについての同意があれば埋立ての免許をなし得る旨規定するので、右公有水面に係る権利の放棄が埋立てについての同意と同時になされなければならないものではない。本件埋立免許は、伊達漁協の本件埋立てについての適法な同意があつたことを前提としてなされたものであるから、同漁協の漁業権変更決議の無効という原告らの主張は、要するに、伊達漁協の本件埋立てについての同意は、同漁協の総会における漁業権変更の特別決議に基づきなされたものであるが、右特別決議は原告らの主張する理由によつて無効であるから、これに基づく同漁協の本件埋立てについての同意もまた無効であり、したがつて、これを前提とする本件埋立免許も違法であるとの主張に解される。

2  原告らは、漁業協同組合が漁業権を放棄するには、総会で総組合員の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決を必要とする旨定める水産業協同組合法五〇条の規定は、多数者によつて少数者の生活権を奪う結果となることを認める点で、憲法二五条、二九条、三一条に違反し無効である旨主張する。

しかし、漁業権は、漁業法の規定によつて明らかなとおり、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に科用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とし(一条)、漁場計画制度を基盤として、行政庁の設権処分によつて与えられる権利であり、同法二三条一項において物権とみなされ、土地に関する規定が準用されているとはいえ、公共の水面を利用するという特質により、一般の財産権と異なり、その私権的性格を著しく制限される反面、公権的性格(公義務的性格を含む。)を併用するものであり、漁業協同組合又はこれを会員とする漁業協同組合連合会に帰属し、その構成員たる個々の組合員は、組合又は組合連合会の定める漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない(八条一項)のである。そして、漁業法が個々の組合員に漁業を営む権利を与えたのは、組合又は組合連合会の有する漁業権の具体的な内容としてこれを法定したにすぎないから、このような組合員の権利は、組合又は組合連合会なる団体の構成員としての権利にほかならない。水協法五〇条の規定は、組合又は組合連合会なる団体に与えられた漁業権の設定、得喪又は変更につき、団体の意思決定原理である多数決原理を採用したもの(しかも、同条は、少数者の利益の保護をも考慮して、総組合員の議決権の三分の二以上の特別多数による議決を必要とする旨定めている。)であつて、憲法二五条、二九条、三一条に違反するとは解されない。

3  原告らは、漁業協同組合がその有する漁業権の全部又は一部を放棄するには、水協法五〇条による総会の特別決議だけでは足りず、漁業権行使規則の変更の場合と同様、特定区画漁業権又は第一種共同漁業を営む組合員のうち、地元地区又は関係地区内に住所を有するものの三分の二以上の書面による事前の同意が必要であると解すべきである(漁業法八条五項、三項)旨主張する。

しかし、漁業法は、漁業権の帰属と組合員の漁業を営む権利とを明確に区別して規定し(一四条八項、八条一項)、水協法も、総会の特別決議事項として、漁業権の設定、得喪又は変更とを行使規則の制定、変更及び廃止とを区別して規定している(五〇条四号、五号)。そして、漁業法八条五項、三項は、明文をもつて、行使規則の変更又は廃止の場合についてのみ、地元地区又は関係地区内に住所を有する組合員の三分の二以上の書面による同意を得なければならないことを加重的に要求しているにすぎない。したがつて、法文の文理上、漁業権の変更などについては、単に水協法五〇条による総会の特別決議があれば足り、そのほかに、漁業法八条所定の手続を経ることは必要でないと解すべきである。しかも、漁業法の建前としても、漁業権は、漁業協同組合又はこれを会員とする漁業協同組合連合会に帰属し、その構成員たる個々の組合員は、漁業権が組合又は組合連合会に帰属するとの前提のもとで行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない(八条一項)のであつて、漁業権の変更などについては、地元地区又は関係地区内に住所を有する組合員の権利は及ばず、一種の反射的利益にすぎないのである。組合員の漁業を営む権利は、漁業権の存在を前提とするものでこそあれ、漁業権自体の管理処分権能をその内容とするものではない。したがつて、漁業権の変更などにつき、漁業法八条所定の手続を要するものと類推解釈することは、漁業権から行使権が派生するという漁業権の本質に反する。更に、このような類推解釈は、漁業権自体が、その保有主体たる組合又は組合連合会が適格性を喪失したとき(漁業法三八条一項)や、漁業に関する法令の規定に違反したとき(同法三九条二項)、漁業調整その他公益上必要があるとき(同法三九条一項)に取り消されること(この場合、当然に組合員の漁業を営む権利も消滅する。)、また、漁業権が永久に与えられるものではなく、その存続期間内に限つて設定される権利であつて、共同漁業権にあつても一〇年で消滅する(同法二一条)ことなどを定めた諸規定と対比するとき、漁業権以上に組合員の漁業を営む権利を重大視する矛盾した結果に陥る。漁業法八条五項、三項は、特殊な利害関係を有する少数者に対してこれらの者が本来有しない権能(行使規則の変更などは、組合又は組合連合会の固有する漁業権自体の管理処分権能の一部である。)を特に与えた例外規定であるから、これを漁業権の変更などの場合に類推適用することは、解釈論として許されない。

以上のとおり、漁業権の変更については、水協法五〇条による総会の特別決議があれば足り、そのほかに漁業法八条所定の手続を経ることは必要でないから、この手続の欠如をもつて本件漁業権変更決議を無効とする原告らの主張は、その前提において既に失当である。

4  原告らは、伊達漁協の漁業権一部放棄の決議は、錯誤に基づく意思表示であるから、民法九五条により無効である旨主張する。

しかし、本件漁業権変更決議は、前記のとおり無記名投票の方法によつて行われたものであるが、およそ、投票とは、議案の表決などにつき投票者が票を入れて自らの選択についての意思を表示する行為であつて、団体における議決のための投票は、団体構成員のいわゆる合成行為の性質を有するものであり、その性質上、一般に形式を重んずべきものである。したがつて、原則として、これに民法九五条の適用又は準用を認めることはできない。換言すれば、投票は表示主義により、その表示に従つて投票者の意思と責任とを確認するものであつて、たとえ投票者の錯誤によつてなされた場合であつても、その投票の効力に影響を及ぼすものとは解されない。原告らの前記主張は、その主張自体失当である。のみならず、伊達漁協の組合員の大部分が原告ら主張のような錯誤に陥つて本件漁業権変更決議をしたものであることを議めるに足りる何らの証拠もない。

5  原告らは、前記総会決議当時、賛成一〇三票の中には第一種共同漁業を営んでいない者、正組合員資格のない者が少なくとも二〇名はいた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

二  有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていない本件埋立免許は憲法二九条、三一条に違反するとの主張について

有珠漁協の組合員たる有珠原告らは、法令又は慣習によつて本件公有水面より引水をし、又は右公有水面に排水をする者ではないから、公有水面埋立法五条三号、四号所定の公有水面に関して権利を有する者に当たらない(したがつて、本件埋立免許を行うに当たり、有珠漁協の埋立てについての同意〔同条四条一号〕を必要とするものではない。)。

思うに、憲法三一の法定手続の保障が仮に行政手続についてもその趣旨を類推適用すべきものとしても、身体の自由などに対して重大な制限を加えるような行政処分については格別、単に財産権を侵害するにすぎない行政処分についてまで、その趣旨が及ぶものと解することは困難である。特に、公有水面埋立免許処分についていえば、埋立免許の要件は、制裁的な処分などと異なり、権利者が何人であるかによつてその判断が左右される余地が少なく、また、意見の聴取なども必ずしも決定的な役割を果たし得ないことを考えると、告知聴聞の機会を与えない埋立免許の手続が直ちに違憲という重大な結果をもたらすと解することは、更に困難である。埋立免許を行うに当たり、どのような範囲の者にどのような方法で告知聴聞の機会を与えるかは、立法政策の問題であつて、埋立法三条は、公有水面の埋立てに関して地域住民の意見を反映させ、その利益を守るための配慮として、埋立免許を行う前に「地元市町村会ノ意見ヲ徴」すべき旨規定しており、前記第一、本件処分に至る経緯(被告の主張第一項、冒頭の事実)において記載したとおり、被告は、右意見聴取手続を履践している。右三条の規定が存するほか、埋立法に何らの規定も存しない以上、被告が有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていないからといつて、本件埋立免許が憲法二九条、三一条に違反するとは解されない。

ところで、原告らは、本件公有水面の埋立てによつて有珠漁協の漁業権が各種影響を受けるとして、工事中の被害、工事完成後の漁業環境悪化、取水及び温排水による被害をるる主張すべきところ、本件埋立ての漁業に及ぼす影響の如何は、本件埋立免許が公益性の原則に反するものであるかについての後記判断に関連性をもつから、便宜、以下においてこの点につき判断しておくこととする。

1  海水の濁りなどについて

原告本人野呂儀男(以下「原告野呂」という。)は、(一)取水口外かく施設の築造工事によつて多量の泥が本件工事海域から流出したこと、(二)この泥がエントモ岬、アルトリ岬間の海底に厚さ一ないし一・五メートル、長さ二、〇〇〇メートル、幅八〇メートル(もつとも、原告野呂は、幅八〇〇メートルとも供述している。)にわたつて堆積しており、このような現象は、昭和四八年以前には見られずへ時化のときには移動、かく乱されて海水の透明度を低下させていること、(三)本館工事の際に地下水を汲み上げて海中に排出したため、それが五〇ないし六〇センチの厚さで有珠海域に流れ込んだこと、(四)これらによつて漁業に被害を与えた旨供述している。

しかし、原告野呂の供述は、たやすく措信できない。その理由は、次のとおり。

(一) 本件工事海域の海底土質は、すべて砂質であつて(<証拠省略>)、ほとんど泥分が存在しないうえ、参加人は、本件工事に伴う有効な海水汚濁防止対策として、海中に投入する石材の洗石設備による洗浄、しゆんせつによる汚濁の発生が最も少ないポンプしゆんせつ船の使用、沈澱池、排水浄化設備及び海水汚濁防止シートの設置などを実施したもの(別図(五)参照)である。もつとも、右シートは、昭和四八年一〇月二八日(東護岸などの捨石工事中)、時化のため、その相当部分が破損して工事を中断したけれども、参加人は、昭和四九年五月二四日、東護岸側から波高二・九メートル、水深七メートル、風速毎秒二〇メートルを設計条件として改良補強された新シートの展張りを開始しパ同年七月三日、展張用メインワイヤーをエントモ岬(西防波堤側)に定着し、引き続き、メインアンカー及びサブアンカーなどをすえつけてシートの下端を海底に定着させ、同月一〇日、シートの設置を完了して工事を再開しての後、シートのフロートなどが一部破損したこともあるが、遅滞なく補修している(<証拠省略>)。ちなみに、右工事中断時に行つた伊達海域及び有珠海域における海水の水質調査について、長和地先海域の海水の浮遊物質量SSは、一ないし一三ppm程度、有珠地先海域のそれは、一ないし一一ppm程度であつた(<証拠省略>)が、本件工事再開後(西防波堤の投石作業時)に行つた海水の水質調査によれば、シート外側海域の海水の浮遊物質量SSは、二ないし二二ppm程度であり(<証拠省略>)、工事再開前後の海水の浮遊物質量SSに変化は見られない。

(二) そうすると、仮に原告野呂が供述するとおり多量の泥が有珠海域に堆積しているとしても、それが本件工事によるものと断ずることはできない。しかも、原告野呂の供述によつても、泥の堆積がどのような調査によつて確認されたものか不明であり、その記録もないというのであるから、多量の泥が堆積しているとの供述は、それ自体疑わしいばかりか、その供述するとおり泥が堆積しているとすれば、その量は、およそ一六〇、〇〇〇立方メートル(幅八〇〇メートルとすれば、およそ一、六〇〇、〇〇〇立方メートル)となり、埋立完成時のしゆんせつ全土砂量約七〇、000立方メートル(<証拠省略>)の二倍以上(幅八〇〇メートルとすれば、二〇倍以上)にも達する。原告野呂が泥を発見したという昭和四九年九月当時までには、参加人は、捨石工事及びしゆんせつの一部(しゆんせつの開始は同年八月二七日である。)を実施していたにすぎない(<証拠省略>)。

(三) 本館工事は、本件埋立免許と直接の関係がないけれども、仮に原告野呂が供述するとおり参加人が本館工事に当たつて一日約二〇〇、〇〇〇リツトルの地下水を長和地先海域に排出したとすれば、右水量は、毎秒に換算すると、約〇・〇〇二三トンにすぎない。参加人が右地下水を排出した場所は、発電所本館敷地前面海域であるから右海域から原告野呂が有珠漁協における突磯漁業の主要漁場であるというアルトリ岬附近までは、およそ三・五キロ離れている(<証拠省略>)。そうすると、わずかの排出水が約三・五キロ先の海域にまで達する間に、風波によつて絶えず流動している周囲の海水と当然に混合希釈するから、右排出水が五〇ないし六〇セシチの厚さで有珠海域に流れ込むなどということは、自然現象としてあり得ない。仮に原告野呂が供述するように本館工事に伴う排出水が原因となつて有珠漁協の突磯漁業が困難になつたとするならば、それの数千倍に相当する毎秒九トン弱の長流川の河川水(原告野呂の供述による。)により、同漁協の突磯漁業は、既に壊滅的な被害を受けているはずである。

2  赤潮について

原告野呂は、昭和四八年八月、九月ころ、アルトリの養殖漁場内に赤潮が発生した旨、その規模は従前の赤潮と比べて大であつた旨、また、その原因は参加人の本館工事及び埋立工事である旨供述している。

しかし、右時期に赤潮が発生したのは、アルトリ海域だけでなく、室蘭港から伊達市沿岸一帯にかけてであり、胆振地区水産業改良普及所の見解によれば、その原因として、(一)工場などから有機物の多量に混じつた排水が海に流れ込んだこと、(二)昭和四八年八月一七日、一八日の豪雨で、川から栄養豊富な土砂が流れたこと、(三)同年七月、八月の海水温度が例年より一、二度C高く、塩分の量も多かつたことなどが挙げられている事実(<証拠省略>)に照らし、前記赤潮の発生は、本件工事などによる右のとは考えられない。なお、右赤潮につき、証人阿部藤吉も、室蘭から豊浦までの範囲で見られた旨供述している。

更に、原告野呂は、昭和四九年七月三日ころから本件工事海域に設置された海水汚濁防止シート内に赤潮が発生し、その赤潮は同月七日ころまでが最もひどく、同月一七日ころまで消えず、右シートから帯状をなして有珠海域まで流出した旨供述している(<証拠省略>)。そして、<証拠省略>によれば、「伊達火発絶対反対有珠住民と海を守る会」の高橋満会長ら住民組織代表五名は、同月二四日、環境庁などに対し、有珠漁協の漁場に本件工事によつて赤潮が発生したため漁業に被害が生じたとして即時工事中止の行政措置を求め、同月二六日、環境庁、通産省、水産庁などから成る政府調査団が現地で実情を調査したことが認められる。

他方、<証拠省略>によれば、次の事実を認めることができる。

すなわち、海水汚濁防止シート再設置中の昭和四九年七月四日午後から、右シート内海域の海水の濁度が増加し、同月五日から七日にかけて、右海水の一部が時化による波浪の影響を受け、シートのサブアンカー設置未了部分からシート外海域へ流出した。被告は、直ちにシート内海域の海水の状況の監視などを十分行うよう参加人に指示するとともに、同月六日及び一一日の二回にわたり、右海水の状況及び影響につき調査した。右調査の結果によれば、(一)シート内海域の海水は、し尿処理排水の影響を強く受けて、無機窒素、リンを多く含み、植物性プランクトンが増殖しやすい状態となつていること、(二)シート内海域の海水中のプランクトンの優占種は、いずれも植物性プランクトンの珪藻類であり、赤潮の発生原因とはなり得ないリゾソレニア及び一般に漁業被害を発生させることは少ないが、時には大発生して赤潮を構成するスケレトネマであること、日スケレトネマの密度は、海水一立方センチ当り一、九二〇ないし二一、一二〇個体であるのに対し、広島湾、伊勢湾、三河湾における赤潮発生時には、海水一立方センチ当り三〇、〇〇〇ないし六一六、〇〇〇個体であり、このことからみても、プランクトンの大発生という異常現象とはとらえ難いが、その兆候的現象はあると考えられることが確認された。被告は、同月二七日付文書をもつて参加人に対し、シート内海域に排出されているし尿処理排水をシート外海域へ排出するよう措置するとともに、排水浄化設備などによつてシート内海域の海水を浄化するよう指導した。参加入は、右指導の趣旨に従い、排水浄化設備を稼動させてシート内海域の海水の浄化に努めるとともに、排水口を仮付替えすることにつき、かねて交渉中であつた胆振西部衛生組合及び伊達漁協の承認を得て、同年八月六日、右仮付替工事を完了し、翌七日からし尿処理排水を濾過したうえ、シート外海域へ排出する措置を講じた。被告は、シート内海域の海水に濁りが発生した後である同年七月二二日及び翌二三日、右海水につき調査し、参加人が前記対策を講じた後である同年八月九日及び九月五日にも、右海水につき調査した。右各調査の結果によれば、シート内海域の海水に濁りが発生している時点においても、シート外海域の海水に異常が認められないことが確認されたほか、九月五日の調査では、シート内海域の海水の化学的酸素要求量CODは、一・八ないし二・四ppm、平均二・三ppmであつて、シート外海域の海水のそれに近い状態となつていることが確認された。

右認定の事実によれば、原告野呂が供述する海水汚濁防止シート内に発生した赤潮なるものは、それ自体赤潮の発生としてはとらい難い状態の海水の濁りであるが、これが一時的に右シートから有珠海域まで流出したことにより、同海域の海水が濁り、有珠漁協の突磯漁業に短期間ある程度の支障を生じさせたであろうことを推認できる。しかし、そのため、どれだけ漁獲の減少があつたかは明らかでなく、また、シート内海域の海水中のプランクトンの優占種が赤潮の発生原因とはなり得ないリゾソレニア及び一般に漁業被害を発生させることの少ないスケレトネマであつたことに照らし、有珠漁協の漁場に恒常的な漁業被害を生じさせたものとは考えられないし、そのような漁業被害発生の事実を認めるに足りる証拠ももとよりない。

3  ホタテガイの稚貝の斃死について

原告野呂は、昭和四九年八月、エントモ岬、アルトリ岬間の六分エントモ岬寄りで陸から約四〇〇メートル沖に設置されていた砂川信吉、鳴海元了、橋祐輔及び橋康弘の採苗カゴに泥が附着し、ホタテガイの稚貝が死滅した旨、その原因は本件工事海域からの泥の流出である旨供述している。そして、ホタテガイの稚貝が死滅したことは、<証拠省略>により、これを認めることができる。しかし、北海道水産部の調査報告(<証拠省略>)は、右斃死事故の原因として、(一)エントモ岬、アルトリ岬間の海域における海水の水質状態は、良好であること、(二)ホタテガイの稚貝の斃死事故が発生した附近一帯は、微粒泥を含んだ海水の収斂域に近く、水深が一〇メートル前後の浅海域であるため、採苗漁場として必ずしも良好な環境といえない水域であること、日H右海域中の海水の流動状況からみて、本件工事海域からの流出物が驚死事故が発生した附近一帯の水域に蓄積される可能性は少なく、エントモ岬とアルトリ岬のほぼ中間において施行された護岸工事現場からの流出物が右水域に集積される可能性が大であること、(四)試料の附着物は、貝類などの水棲動植物が多いこと、(五)斃死事故の原因は、右水域において採苗を行うに際して要求される慎重な配慮及び管理の面につき欠けるものがあつたことによるものと思われること、以上の点を挙げている。

右の事実に、原告野呂は、当時有珠漁協においてエントモ岬、アルトリ岬間でホタテガイの養殖を行つていた漁民が約六〇名もいたと供述しているのに、ホタテガイの被害を受けた者は、わずか四名にすぎなかつたこと及び斃死事故が発生した場所は、エントモ岬の西方一、〇〇〇メートル以上も離れた養殖施設であつて(<証拠省略>)、本件工事海域から遠く離れていることを考え合わせると、前記斃死事故の原因は、本件工事によるものとは考えられない。

4  返し波について

原告野呂は、昭和四九年四月二二日から翌二三日にかけて時化の際、エントモ岬南西側における有珠漁協の養殖施設が本件取水口外かく施設からの返し波も原因となつて破損流出し、被害を受けた旨供述している。

ところで、昭和四九年四月ころは未だ西防波提は存在していない(<証拠省略>)ので、原告野呂の右供述は、東護岸、東防波堤からの返し波(反射波)によるとの趣旨に思われる。しかし、波の反射は、光の反射と同様、反射を生じる物体に対して入射角と等しい反射角度で反対方向に出て行くものであり、しかも、波の不規則性や散乱などによつて数波長程度で識別困難となる(<証拠省略>)。原告野呂の供述によれば、同年四月二二日から翌二三日にかけての時化は、南東の時化であり、その風が南南東から南に変わり、更に西に回つていつたというのであるから、この風によつて生ずる波が東護岸、東防波堤に達して反射する場合、主として伊達前浜ないし伊達漁港方向に反射するものと思われ、エントモ岬南西側に設置されている有珠漁協の養殖施設に達するものとは思われない。右の時化は、低気圧の通過に伴う異常な海象条件であつたため、有珠漁協の養殖施設だけでなく、胆振西部一帯の各漁業協同組合の養殖施設にも被害が発生しており(<証拠省略>)、東護岸、東防波堤からの返し波によつて有珠漁協の養殖施設が破損流出したとは考えられない。

そもそも、東護岸など及び東・西防波堤は、ケーソンによる直立堤とは異なり、捨石による傾斜堤の前面を更にテトラポツトなどの消波ブロツクによつて被覆した構造になつており、波の反射率は、三〇パーセント以下に設計されている。これは、自然の海浜における波の反射率一〇ないし二〇パーセントに比べて格別高いものではなく、よほどの荒天時に防波護岸や防波堤の至近距離を通らない限り、小型船の転覆などは起こり得ない(<証拠省略>)のである。

5  流れの変化について

原告野呂は、エントモ岬が潮流に対して自然の防潮防波堤の機能を果していたところ、東護岸(東・西両防波堤)の築造によつてエントモ岬の防潮機能が失われ、潮の流れが強くなつて、直接、エントモ岬、アルトリ岬間の有珠海域に流入するようになつたため、有珠漁協の養殖施設が破損するなどの被害を受けた旨供述している。

エントモ岬の防潮機能を論ずるためには、右の潮の流れが汀線から沖合方向何メートルまでの範囲を流れているものか明らかでなければならない。原告野呂は、その供述において、「主流」、「沿岸流」、「接沿岸流」、「上潮」、「下潮」なる用語によつて説明しているけれども、それぞれの流れの汀線からの距離関係、流れの幅が不明であるうえ、各流れの相互関係もあいまいである。

仮に原告野呂が供述するようにエントモ岬の優れた防潮機能によつて有珠漁協の養殖漁業が成り立ち、それが失われることにより、エントモ岬、アルトリ岬間の同漁協の養殖施設が破損するものとすれば、このような防潮機能を果たす岬が存在しない海域(<証拠省略>)に設置されている伊達漁協の養殖施設は、潮の流れによつて著しく破損しているはずである。

また、エントモ岬は、汀線から沖合へ約二〇〇メートル突出しているだけにすぎないのに対し、エントモ岬附近における有珠漁協の養殖施設の設置幅は、沖合方向一、五〇〇ないし二、〇〇〇メートルである(<証拠省略>)。そうすると、仮に伊達海域から有珠海域へ向かう潮の流れがエントモ岬によつて沖合方向へ曲げられたとしても、せいぜい幅二〇〇メートルにすぎない。この流れは、エントモ岬の先端から沖合にかけて、しだいに水深が深くなる海域を流れている膨大な量の他の潮の流れを食い止めたり、ゆるめたりするには、余りにも微弱である。

参加人は、本件取水ロ外かく施設の築造に当たり、その配置、構造及び周辺に及ぼす影響を把握するため、北海道大学工学部尾崎晃教授の指導のもとに水理模型実験を行つた(<証拠省略>)が、原告野呂は、尾崎教授が現地で右実験の模型が間違つていたと述べた旨供述している。しかし、尾崎教授が昭和四八年一二月二五日付で作成した意見書(三)(<証拠省略>)の三、模型実験の結果についての項を精読しても、模型や実験に用いた波向きにつき間違いがあつた旨の記述は見られない。

6  海岸地形の変化について

原告野呂は、小型港湾の出現によつて海底の砂が移動し、東護岸のそばが一尋半ぐらいまで浅くなつた旨供述し、<証拠省略>にも、右供述に沿う部分がある。

一般に、砂浜海岸は、海水の流動によつて砂が移動し、海岸線附近が浸食されたり、そこに砂が堆積したりする現象がみられる(<証拠省略>)。長流川河口からエントモ岬に至る伊達海岸は、古い時代に形成された長流川の河ロデルタの一部であつて、全般的に海底勾配が大きい内浦湾に直面しており、前浜の平均的な海底勾配も六〇分の一前後とかなり急であり、また、湾口からのうねりの浸入と冬期の西方向からの面波に見舞われるため、全般的に浸食されつつある海岸ということができ、早くから護岸及び多数の防砂突堤による海岸保全事業が行われている(<証拠省略>)。エントモ岬東側附近の海岸も、本件工事開始前から海岸線の前進(堆積)、後退(浸食)が毎年繰り返され、春から夏にかけては砂が堆積し、秋から冬にかけては砂が浸食されるという現象がみられる(<証拠省略>)。

原告野呂が供述する砂の移動は、海岸線の自然の変化としてとらえるべきものと思われるが、仮にそうではなく漂砂現象によつてしゆんせつを必要とする場合が生じたとしても、そのしゆんせつ土砂は、量的に限られ、その際は、被告の主張によれば、海水汚濁防止対策を講じたうえでしゆんせつを行うというのであるから、本件工事に伴うしゆんせつの実施状況に照らし、そのしゆんせつによつて有珠漁協の漁業に影響を与えるような海水の汚濁が生じるとは考えられない。

以上のとおり、原告本人野呂儀男の尋問の結果を中心として、原告らが工事中の被害、工事完成後の漁業環境悪化として主張する事実の存否につき判断した。これによれば、昭和四九年七月、海水汚濁防止シート内に発生した汚濁水が一時的に右シートから有珠海域まで流出したことにより、同海域の海水が濁り、有珠漁協の突磯漁業に短期間ある程度の支障を生じさせたであろうことを推認できるだけで、そのほかには、原告らが本件工事に起因して漁業被害を受けたことについても、また、工事完成後に漁業環境が悪化して漁業被害を受けることについても、いずれもこれを認めることはできない。<証拠省略>には、本件工事によつて漁業被害が生じた旨、、海水汚濁防止シートが破損してシート内海域の汚濁水が有珠海域へ流出した旨、赤潮が発生した旨、参加人が石材の洗浄を十分に行つていない旨、返し波の発生、海岸の浸食、ホタテガイの死滅、シート破損部品の漂着などにつき、るる記載されている。しかし、その記載内容は、原告野呂の供述内容とほぼ同一であるから、その部分については前記と同一の理由によつてこれを排斥するほかはなく、<証拠省略>その他本件全証拠によつても、本件工事及びこれによつて完成した取水口外かく施設の存在による漁業被害の発生又はそのおそれがある事実を認めることはできない。

なお、<証拠省略>は、有珠漁協作成の業務報告書であるが、これによれば、昭和四七年度(昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日まで)及び昭和四八年度(昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日まで)に同漁協が販売事業として取り扱つた水産物の数量の比較において、昭和四八年度は、その前年度に比べて、ワカメ、コンブ、ナマコ、はたはたなどの取扱高が著しく減少し、逆に、ホタテガイのそれが著しく増加したことが認められる。しかし、原告本人野呂儀男の尋問の結果によれば、有珠漁協の組合員のうち、伊達火力発電所の建設に条件付で賛成する者は、しだいに組合を通じて水産物を出荷しなくなつたので、その分だけ同漁協の取扱高が減少していること、ホタテガイの取扱高の増加は、その採取方法が変わつたことやホタテガイ養殖者が増えたことにもよることが認められる。そうだとすれば、<証拠省略>をもつて、有珠漁協の漁場における漁獲が減少又は増加したことを証することはできない。のみならず、仮に有珠漁協の漁場において漁獲の減少があつたとしても、それが本件工事によるものであることを認めるに足りる証拠ももとよりない。

次に、取水及び温排水による被害につき判断するに、<証拠省略>によれば、(一)伊達火力発電所が完成し、その操業が開始されると、本件埋立地の一画たる沿岸部に設置される取水口から冷却用海水がとり入れられ、これが温水となつて右埋立地の南東約一、〇〇〇メートル余りの海岸(エントモ岬の南東約一、六〇〇メートルの地点)に設置される放水口から海中に排出されること、(二)この排出される温水は、周辺の水温に比べて、夏季は最高五度C、冬季は最高七度C高く、その排水量は、二基合計最大毎秒二二立方メートルに達することが予想されていること、(三)伊達市から昭和四六年七月に調査を依頼された社団法人日本水産資源保護協会が昭和四七年六月に発表した伊達火発建設に伴う漁業調査報告書によると、ホタテガイ浮遊幼生の死亡率は、一二ないし一六度Cまでの急激な水温の上昇でも特に高くなる現象はなかつたが、取水中に含まれる浮遊幼生の生存可能率については明らかでないので、すべてそれが死滅するとの可能性を考慮に入れたうえ、浮遊幼生の浮遊期間三五日間における総取水量六六、五三〇、〇〇〇立方メートル中に含まれる浮遊幼生総数五九、八五〇、〇〇〇個体は、その幼生期における自然減耗を無視して〇・一ないし一・〇パーセントの歩どまりで附着稚貝になるとすれば、およそ六〇〇、〇〇〇個体に相当すると仮定し、かつ、その数量は、伊達地先の昭和四二年から昭和四五年までの年間平均採苗稚貝数約一三、〇七〇、〇〇〇個体の四・六パーセントに当たると推算していること、(四)また、右漁業調査報告書によると、伊達火発の放水口から海水より七度C温度の高い温排水が毎秒二二立方メートルで海中に排出された場合、温排水拡散の予測範囲は、一メートルの厚みで一度Cの温度差をとるとき、放出点を中心に半径七八〇メートルの範囲、更に、これが両側に移動すると、海岸線に沿つて放出口を中心にそれぞれ両側に七二〇メートルの範囲に拡がること、したがつて、南東側は長流川河口附近、北西側はエントモ岬南東側の範囲となること、(五)この温排水拡散の予測範囲は、平野式によつて計算されたものであるが、拡散分布に関する計算式には、ほかに坂本式、新田式、和田式などがあること、(六)しかし、環境庁において火力発電所の温排水拡散分布につき航空機による赤外線スキヤニング法の検討が実施されたが、その結果をみると、いずれの計算式も赤外線スキヤンニング法の結果より広い拡散域を示したが、平野式による計算の結果がこれに最も近い値を示し、この平野式は、三重県芦浜の原子力発電所(予定)、香川県坂出火力発電所などの温排水の拡散分布の予察に用いられた実績を有することが認められる。

日本水産資源保護協会の伊達火発建設に伴う漁業調査報告書の見解は、その記述内容(<証拠省略>)に照らし、合理的な根拠に基づく推論であると思われる。しかし、この見解や温排水の拡散分布に関する平野式の理論に対する疑問、批判的見解も発表されていること(<証拠省略>)などを考え合わせるときは、ホタテガイ浮遊幼生の死亡率が実際には予想よりも高くなることや温排水拡散の実際の範囲が平野式によつて計算された予測範囲よりも更に拡がり、そのため、取水口及び放水口周辺の伊達原告らが漁業を営む海域における漁業が影響を受けるばかりでなく、取水口からは約四〇〇メートル、放水口からは約一、六〇〇メートルの距離はあつても、有珠原告らが漁業を営む海域における漁業にも、その影響が及ぶおそれが全くないとはいえない。

三  本件埋立免許は埋立てによる影響につき十分な事前調査をしないでなされたとの主張について

被告が、本件埋立免許を行うに当たり、昭和四四年九月ころから埋立てによる影響につき、参加人に対する指導などを通じて事前調査をしていることは、例えば、<証拠省略>などの存在からも明らかである。原告らは、被告が事前に漁業及び自然環境に与える影響につき十分な科学的調査を尽くさなかつた旨抽象的に主張するのみで、いかなるなすべき調査を怠つたものであるか、そのことにより本件埋立免許の許否についての被告の判断にいかなる影響を及ぼしたものであるかを具体的に王張していない。このような主張は、本件処分の違法事由についての主張としては、それ自体無意味である。

四  環境権の侵害を理由とする主張について

原告らは、環境権は、健康で快適な生活を営むために必要な条件を充足した良い環境を求め、支配する権利であり、これらの環境の侵害を排除し得る権能をもつ排他的な権利であつて、強いてその根拠を憲法に求めれば、二五条の生存権、一三条の幸福追求権、一一条の基本的人権の不可侵性に由来し、その客体は、空気、水、土壌、日照、静穏、景観などである旨主張する。

しかし、仮に原告ら主張のような環境権という権利が存在するとしても、行政処分の取消しの訴えにおける審判の対象は、環境権の侵害の有無自体ではなく、当該処分の適法性であり、行政処分は、それが行政活動の要件、手続及び効果などを定める行政行為規範に違反して客観的な違法性を帯びるに至つた場合にのみ、違法として取り消し得るものとなるのである。したがつて、環境権という主観的な権利を侵害したというだけの理由で、他に違法性のない公有水面埋立免許などの行政処分が直ちに違法となるものではない。原告らは、本訴において環境権の侵害という主観的な権利侵害性を主張するだけで、直ちにそれが本件埋立免許の違法理由を構成するものとして主張するが、このような主張は、それ自体理由がないといわざるを得ない。

五  本件埋立免許は公益性の原則に反するとの主張について

公有水面の埋立てが公益に合致するかどうかを判断するに当たつては、埋立地の用途が公益の増進に役立つことのみならず、環境保全、埋立てによつて漁業に及ぼす影響、近隣海域において漁業を営む漁民や地域住民との調和、融合などの見地をも十分に考慮して判断すべきである。しかし、電源開発も環境保全もともに重要な社会的利益であつて、右両者の相克は、常に一方が他方に優先するといつた単純な性質の問題ではない。結局、公共性と環境とをいかに調和させるかという妥協と選択の問題であつて、その調和点を求めることは、高度に政治的、経済的な価値判断を要する事項であり、開発利益と環境利益との対立、その間の調整をめぐる比較考量の結果は、開発の公共性に対する認識や環境保全に対する態度などによつて結論を異にするし、本質的には、国民の政治的な判断に委ねるべき問題である。公有水面埋立免許は、国の機関としての知事が行ういわゆる自由裁量行為であるから、裁判所は、公益性についての知事の判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたかどうかを審査するにとどまるべく、それをこえて、この問題に対する自己の見解を代置すべきものではない。

前記第一、本件処分に至る経緯(被告の主張第一項1及び2の事実の一部)によれば、伊達漁協は、昭和四七年五月三一日の第二三回通常総会において、前記のとおり漁業権の変更を議決した後、更に、伊達火力発電所の建設に判う公害防止に関する基本的協定事項及び漁業補償に関する基本的協定事項につき、組合員全員の賛成をもつて議決したこと、そこで、伊達漁協は、右総会の決議に基づき、同年六月三〇日、伊達市長を立会人として、参加人との間に、伊達火発の建設に伴う漁業に対する影響の緩和、被害の防止及び漁業補償などに関する協定を締結したこと、右協定では、漁業補償などに関する条項として、参加人は、伊達火発の建設に必要とする海域につき、伊達漁協又はその所属組合員が受ける漁業損失に対する補償金として金四億五、〇〇〇万円及び温排水利用の研究開発に対する協力金として金二、〇〇〇万円を支払うものとすること及び伊達漁協は協定締結後すみやかに法令に基づく漁業権変更免許の申請を行い免許を受けるものとすることが取り決められたこと、次いで、伊達漁協は、総会の決議及び右協定の締結に基づき、同年八月一四日、参加人に対し、エントモ岬東側における取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用地の造成を目的とする本件公有水面(埋立面積縮小前のもの)の埋立てにつき同意しこと、以上の経緯を経て、参加人は、同月一四日、公有水面埋立法二条の規定により、被告に対し、右公有水面についての埋立てを行いたい旨出願したこと、本件埋立免許の出願を受けた被告は、同年九月八日、埋立法三条の規定により、伊達市議会に対し諮問を行い、同年一〇月五日、可とする旨の答申を受けたこと、右答申を受けた被告は、(一)伊達火発の建設計画が既に国の電源開発基本計画案に組み入れられており、その後電源開発調整審議会の承認を経て、同年一一月一七日、内閣総理大臣が右計画案のとおり基本計画を決定し、告示した(電源開発促進法三条)こと、(二)一方、参加人においても、伊達火発の建設のための電気工作物の変更許可を申請し(電気事業法八条)、同月二四日、これが通商産業大臣によつて許可基準に適合するものとして許可され(同法五条)、その建設期間を同日から三年以内として指定され、その結果、参加人は、右指定期間内に伊達火発を建設して操業しなければならない義務を負つている(同法八条四項、七条一項)こと、(三)取水口外かく施設は、伊達火発の建設及び操業に不可欠であること(この事実は<証拠省略>により、これを認めることができる。)から、本件埋立ての必要性、公益性を認め、昭和四八年六月二五日、埋立法二条の規定により、本件埋立ての免許の出願に対する免許処分を行つたことが明らかである。

他方、本件埋立てによつて漁業に及ぼす影響については、海水汚濁防止シート再設置中の昭和四九年七月、前認定のとおり一時的に右シートから有珠海域まで流出した海水の濁りによつて有珠漁協の突磯漁業に短期間ある程度の支障を生じさせたであろうことは推認できるが、その程度が著しいものであつたとはいえず、漁獲の減少は営業上の被害にすぎないものであり、このように一時的で有限な営業上の被害は、後日、漁業補償などの方法によつて金銭的に調整し得るものである。また、原告らが工事完成後の漁業環境悪化として主張する事実については、本件全証拠によつても、原告らが懸念するような漁業被害が生ずることを認めることはできない。取水及び温排水による被害については、前認定のとおり、取水口及び放水口周辺の伊達原告らが漁業を営む海域における漁業が影響を受けるばかりでなく、有珠原告らが漁業を営む海域における漁業にも、その影響が及ぶおそれが全くないとはいえない。しかし、そもそも、取水及び温排水は、公有水面の埋立てに通常伴う効果ではなく、埋立完成後の土地の利用から生ずる問題であり、本件埋立免許自体も、参加人に対して埋立ての権限を附与したのみであつて、取水及び温排水の許否につきなされたものではなく、被告には、取水及び温排水の許否を決定する権限もないのである。この点をしばらくおくとしても、取水及び温排水によつて影響が及ぶかもしれない漁業被害の程度は、<証拠省略>(東京水産大学片田実氏の意見は、取水のすべてが沖合表層又は沖合三メートル層の海水から成るとの前提に立ち、ホタテガイ浮遊幼生の自然減耗を全く無視しており、取水中の自然減耗分をもすべて取水による死滅として計算したうえ、取水による著しい被害を結論するものであるから、たやすくこれを採用することはできない。)、<証拠省略>によつても、受忍の限度をこえるような大幅な漁獲の減少をもたらすものとは考えられない。そして、<証拠省略>によれば、伊達漁協、参加人間の伊達火発の建設に伴う漁業に対する影響の緩和、被害の防止及び漁業補償などに関する協定では、前記のとおり、漁業補償などに関する条項として、参加人は、伊達火発の建設に必要とする海域につき、伊達漁協又はその所属組合員が受ける漁業損失に対する補償金として金四億五、〇〇〇万円及び温排水利用の研究開発に対する協力金として金二、〇〇〇万円を支払うことのほか、漁業被害防止対策などとして、(一)温排水は、排水量二基合計最大毎秒二二立方メートルとし、漁業に及ぼす影響範囲を最小限にとどめるため、深層取水方式などの技術を採用し、放水口における温度差を夏季五度C以下、冬季七度C以下とすること、(二)温排水の排出に当たつては、漁業に悪影響を及ぼさないよう排出方法を考慮し、海底に変化が生じないようにすること、(三)冷却水には、塩素ガスを注入しないこと、ただし、復水器管、取排水管に附着する生物を除去するため、やむを得ず塩素ガスを使用しなければならないときは、放水口において残留塩素が零となるよう注入時に濃度を測定して確認し、適切に管理すること、(四)海域の水質を保全するため、日常排水及び一時的排水は、すべて分離、中和などの物理的、化学的処理を行うこと、(五)発電所の建設工事期間中又は運転中に補償区域(沖合方向六〇〇メートル×汀線方向二、〇〇〇メートル及び航路)以外の海域において漁業に被害が発生した場合、その被害状況、原因などを調査して処理するため、関係者による調査委員会をあらかじめ設置すること、(六)参加人は、発電所の運転に伴い漁業に及ぼす影響を的確に把握するため、必要な測定機器を設置して常時監視するとともに、その測定結果を組合に報告すること、(七)参加人は、漁業に関係がある事項の調査につき、組合から要請があつたときは、これに協力することとし組合長の指定する者の立入調査を認めること、(八)発電所の運転に伴い温排水その他によつて補償区域以外の海域で漁業に被害が発生したとき又はその発生のおそれがあると認められたときで、応急措置その他施設の一部改善などによつても、なお、緩和若しくは防止できないような事態が発生した場合、参加人は、すみやかに状況に応じて発電所の操業短縮、一時停止などの措置を講ずること、(九)参加人は、温排水その他を含めて公害防止の技術開発を積極的に進めるとともに、将来、技術が開発されたときは、すみやかにこれを採用することとし、設備改善を行うこと、(一〇)参加人は、組合の漁業振興に積極的に協力するため、温排水利用に関する試験研究施設を併設して、漁業関係者の指導と援助のもとに試験研究を行い、その成果を組合に提供すること、(二)その他補償区域以外の海域において漁業被害が発生した場合の損害賠償などにつき、詳細に取り決められていることが認められる。また、<証拠省略>によれば、有珠漁協も、本件埋立免許後のことではあるが、昭和四九年六月一七日、伊達市長を立会人として、参加人との間に、伊達火発の建設及びその運営に関する協定及び覚書を締結したこと、右協定では、漁業被害防止対策などとして、伊達漁協、参加人間の右(一)、(二)及び(四)と同旨の条項のほか、復水器管に附着する微生物及び取排水管に附着する生物の除去に際しては、塩素ガスを注入しないこと、参加人は、発電所の運転に伴い漁業に及ぼす影響を的確に把握するため、必要な測定機器をエントモ岬を起点とする伊達有珠両漁協海域の境界線上三〇〇メートル及び六〇〇メートルの位置に設置して常時監視するとともに、その測定結果を組合に報告すること、参加人は、漁業に重大な関係がある事項の調査につき、組合から要請があつたときは、これに協力することとし、発電所の運転に支障のない範囲において、組合長の指定する者の構内立入調査を認めること、参加人は、漁業振興に協力するため、温排水利用に関する積極的な試験研究を行い、その成果を組合に提供すること、その他漁業被害が発生した場合の損害賠償などにつき、詳細に取り決められたこと、右覚書では、参加人は、有珠漁協に対し、漁業振興資金として金三億六、〇〇〇万円及び再建助成金として金六、〇〇〇万円を支払うことが取り決められたことが認められる。これらによれば、取水及び温排水による漁業被害については、それを未然に防止するため、参加人と伊達・有珠両漁協との間に、施設内立入調査、発電所の操業短縮、一時停止などの措置を含む厳しい内容の公害防止協定が締結されており、それだけでは未だ万全の措置とまではいえないにしても、その成果をかなり期待し得るものと評価できる。更に、排出水による海水汚濁の防止については、通商産業大臣による規制が別途に講じられることとなつている。すなわち、一般には、水質汚濁防止法によつて規制されるが、同法二三条二項は、電気事業法二条七項に規定する電気工作物から排出水を排出する者に関しては、当該特定施設につき、水質汚濁防止法に定める行政取締規定(五条から一一条まで及び一三条一項)せず、電気事業法の相当規定の定めるところによることとしているため、電気事業法四一条三項による工事計画の認可によつて電気工作物の設置自体につき規制がなされるばかりでなく、同法四八条、四九条により、その維持についても、電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物を一定の技術基準に適合させることを義務づけられ、これが遵守されないときは、通商産業大臣は、電気事業者に対し、その技術基準に適合するように電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができる。したがつて、取水及び温排水による被害の防止については、取水及び温排水の許否を決定する権限のない被告において、通商産業大臣の専門技術的な判断に基づく規制に委ねるのが当然であり、かつ、これをもつて足りるのである。

<証拠省略>によれば、本件工事海域には、以前から藻場はなく、工事前に延べなわ、刺し網による漁獲が若干行われていた程度で、漁場としての利用価値に乏しかつたことが認められる。また、<証拠省略>によれば、本件埋立地附近の海面及び海岸一帯は、し尿処理場や工場及び鉄道護岸の存在などにより、自然環境として噴火湾沿岸の各地方と比べて格段に良好であるとはいえないし、築造された東・西両防波堤及び埋立地上には、特に景観や自然環境を損うような構築物が存在しないことが認められる。

以上に認定、判断したところの本件処分に至る経緯、本件埋立てによつて漁業に及ぼす影響の性質、範囲及び程度、伊達漁協と参加人との間に締結された伊達火発の建設に伴う漁業に対する影響の緩和、被害の防止及び漁業補償などに関する協定の内容、取水ロ外かく施設の存在が附近の景観や自然環境に与える影響、原告らの所属する伊達・有珠両漁協や市民の意見を代弁する伊達市議会の伊違火発の建設に対する態度などを勘案すれば、本件埋立てを公益に合致するものとした被告の判断には無理がなく、これが不合理であつて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとは到底いえない。

第四結論

以上の次第で、本件埋立免許処分には、これを取り消すべき違法事由が存在しないから、その取消しを求める原告らの請求を失当として棄却することとし、本件埋立竣功認可処分の取消しを求める原告らの請求は、訴えの利益がなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬 佐々木一彦 古川行男)

別図<省略>

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